一言でいえば、言語道断とは、もってのほか、とんでもないという意味で使われる四字熟語で、もとは仏教語として言葉では説明し尽くせないほど奥深いことを表した言葉であるとされる。
①「言語道断」の読み方・意味
ごんごどうだんと読む。言語道断とは、現代では、あまりにひどく、もってのほかだという非難の意味で使われる四字熟語である。もともとは仏教語で、言葉で説明する道が断たれるほど、深遠で言葉に表せないという意味であったとされる。
| 読み方 | ごんごどうだん |
| 意味 | もってのほど、とんでもないこと(もとは仏教語で言葉に表せないほど奥深いことの意) |
| 分類 | 四字熟語 |
②「言語道断」の由来・出典
言語道断は、仏教に由来する言葉であるとされる。仏教では、真如(真理)そのものは言葉によって説明し尽くすことができないという考え方があり、この境地を「言語道断」と呼んだとされる。中国の仏教文献にさかのぼる語で、日本には平安時代以降に伝わったと考えられている。もとは言葉で表せないほどすばらしいという称賛の意味でも使われていたが、時代とともに、言葉にできないほどひどいという否定的な意味合いで使われることが一般的になったとされる。
③「言語道断」の使用例(例文)
- 取引先への謝罪文で、「今回の対応は言語道断であったと深く反省しております」と伝えた。
- 取引先との約束を無断で反故にするなんて言語道断だ。
- あの店員の態度は言語道断で、二度と利用したくないと思った。
④現場で見た「言語道断」の使いどころ
以前、知人から始末書の下書きを見てほしいと相談されたことがある。「今回のミスについて、言語道断な結果になったことを深く反省しております」という一文があったが、言語道断は本来、自分自身の行為ではなく、他者の行為や事態のひどさを非難する際に使うのが自然な言葉であり、自分の失敗を語る文脈で使うと違和感があると伝えた。「あってはならないミスであったことを深く反省しております」といった表現に言い換えることを提案した。四字熟語は誰の立場から発する言葉なのかも意識して使う必要があると実感した出来事だった。
⑤ビジネスシーンでの使い方・注意点
言語道断は、取引先や他者の行為、あるいは看過できない事態のひどさを強く非難する場面で使われることが多い。自分自身のミスを反省する文脈で使うと、責任の所在があいまいになったり、やや不自然な印象を与えたりすることがあるため注意したい。
⑥類義語との違い
類義語のひとつに「もってのほか」がある。これも常識から大きく外れていることを非難する言葉で、意味の上では言語道断と近い。ただし「もってのほか」が日常的な口語表現であるのに対し、言語道断は仏教語を由来とするやや硬い書き言葉的な響きを持つ点が異なる。
⑦対義語
言語道断の対義語としては「当然至極」が挙げられる。これは、まったくもってもっともであるという意味の言葉である。もってのほかだと強く非難する言語道断に対し、当然至極はその行為や判断がしごく妥当であると肯定する点で対照的な言葉といえる。
⑧一文〇×テスト
Q. 自分の不注意でお客様に迷惑をかけてしまったことについて、「今回の件は言語道断でございました」と自分のミスを反省する言葉として使うのは、正しい使い方と言える。
正解は「×」!
言語道断は、他者の行為や事態のひどさを強く非難する際に使うのが自然な言葉である。自分自身のミスを反省する言葉として使うと、責任の所在があいまいになり、不自然な印象を与えてしまう。
不正解…正解は「×」
言語道断は、他者の行為や事態のひどさを強く非難する際に使うのが自然な言葉である。自分自身のミスを反省する言葉として使うと、責任の所在があいまいになり、不自然な印象を与えてしまう。
⑨まとめ
言語道断は、もってのほか、とんでもないという意味で使われる四字熟語であり、もとは仏教語として言葉に表せないほど奥深いことを表した言葉であるとされる。他者の行為や事態のひどさを非難する場面で使うのが自然であり、自分自身のミスを語る文脈では違和感が生じやすいため注意したい。類義語のもってのほかや対義語の当然至極とのニュアンスの違いを踏まえ、場面に応じて適切に使い分けたい表現である。

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