①「猿も木から落ちる」の読み方・意味
「猿も木から落ちる」はさるもきからおちると読む。その道に優れた者であっても、時には失敗することがあるというたとえのことわざである。
| 読み方 | さるもきからおちる |
| 意味 | その道に優れた者でも時には失敗することがあるということ |
| 分類 | ことわざ |
②「猿も木から落ちる」の由来・出典
木登りが得意な猿でも、時には木から落ちることがあるという発想から生まれたたとえとされる。専門家や達人であっても常に完璧というわけではなく、思わぬ失敗をすることがあるという教訓を、身近な動物の様子に例えて表した表現とされる。
③「猿も木から落ちる」の使用例(例文)
- 上司へのメールで「経験豊富な担当者でもミスをすることがあります。猿も木から落ちると申しますし、今回は仕組みの見直しで再発を防ぎましょう」と伝えた。
- 日記に「あの人でも失敗することがあるのか。猿も木から落ちるとはよく言ったものだ」と書いた。
- LINEで友人に「ベテランの先輩が資料を間違えて配ったらしいよ。猿も木から落ちるだね」と送った。
④現場で見た「猿も木から落ちる」の使いどころ
以前、後輩からミスをした先輩を強く責める内容のメールの下書きを見てほしいと頼まれたことがある。指摘自体は正しかったが、口調がかなり厳しかったので、「猿も木から落ちるという言葉を添えて、経験者でも起こり得ることだと一言添えると、指摘が受け止めやすくなる」と助言した。文面を調整したことで、相手を追い詰めすぎない伝え方になった。
⑤ビジネスシーンでの使い方・注意点
「猿も木から落ちる」は、経験豊富な人や専門家であっても失敗することがあるという事実を、相手を過度に責めずに伝える場面で使いやすい言葉である。ただし、重大な過失やたびたび繰り返されるミスに対して使うと、問題を軽視しているように受け取られる可能性もあるため、状況を見極めて使いたい。
⑥類義語との違い
類義語としてよく挙げられるのが「弘法にも筆の誤り」である。両者とも達人や専門家でも失敗することがあるという点で共通しているが、「猿も木から落ちる」は身近な動物の様子にたとえた表現であるのに対し、「弘法にも筆の誤り」は書の達人として知られる弘法大師にたとえた表現である点に違いがある。
⑦対義語
「猿も木から落ちる」の対義語としてよく挙げられるのが「百発百中」である。「猿も木から落ちる」が達人でも時には失敗することを表すのに対し、「百発百中」は行うことがすべて確実に成功することを表し、成功の確実性という観点で対照的な言葉である。
⑧一文〇×テスト
Q. 新人が単純な入力ミスを繰り返した際に、上司が「猿も木から落ちるというし、大した問題ではない」と繰り返しのミスを毎回そのまま見過ごした。この使い方は正しい?
正解は「×」! 「猿も木から落ちる」は経験豊富な人でも時には失敗することがあるという意味の言葉であり、同じミスが繰り返される状況をそのまま見過ごす言い訳として使うのは本来の意味からずれた使い方である。
不正解…正解は「×」 「猿も木から落ちる」は経験豊富な人でも時には失敗することがあるという意味の言葉であり、同じミスが繰り返される状況をそのまま見過ごす言い訳として使うのは本来の意味からずれた使い方である。
⑨まとめ
「猿も木から落ちる」は、その道に優れた者であっても時には失敗することがあるというたとえのことわざである。相手を過度に責めずに失敗を受け止める場面で使いやすい言葉だが、繰り返されるミスの言い訳にしないよう注意したい。

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