一言でいえば、「杞憂」とは、実際には起こる心配のないことを、あれこれと不安に思うことをいう。取り越し苦労を意味することばであり、多くの場合、心配しすぎている相手を軽くいさめる場面で使われる。
①「杞憂」の読み方・意味
「杞憂」はきゆうと読む。実際には起こりそうもないことを、あれこれと心配することを意味する。取り越し苦労とほぼ同じ意味で使われ、心配していたことが結局起こらなかった場合や、そもそも心配する必要のない事柄を指して用いられる。
| 読み方 | きゆう |
| 意味 | 実際には起こりそうもないことを、あれこれと心配すること |
| 分類 | ことわざ |
②「杞憂」の由来
「杞憂」は、中国の思想書『列子』の「天瑞」篇に由来するとされる。周代、杞という国に住むある人物が、「いつか天が崩れ落ち、大地が崩れてしまうのではないか」とありもしないことを思い悩み、夜も眠れず食事も喉を通らなくなったという。これを見かねた隣人が、天も大地も崩れることはないと丁寧に説いて聞かせ、ようやく安心させたという故事である。この話から、無用な心配をすることを「杞憂」と呼ぶようになったとされる。
③「杞憂」の使用例(例文)
- 新居への引っ越しで近所付き合いを心配していたが、それは杞憂に終わり、皆親切にしてくれた。
- 結婚式のスピーチで機材トラブルを心配していたが、幸い杞憂で済んだ。
- 新しい取引先との契約がうまくいくか不安だったが、蓋を開けてみれば杞憂だった。
④現場で見た「杞憂」の使いどころ
以前、友人から異動の挨拶スピーチの下書きを見てほしいと頼まれたことがある。「後任がうまくやれるか心配だったが、その心配は杞憂に終わった」という一文があったのだが、文脈をよく読むと、実際には後任がまだ着任したばかりで結果が出ていない段階だった。「杞憂」は心配していたことが結局起こらなかったと判明した場合に使う言葉であり、結果がまだ分からない段階で使うと先走った印象を与えてしまう。そう伝えて、「杞憂であってほしい」という言い回しに直してもらったことがある。
⑤ビジネスシーンでの使い方・注意点
「杞憂」は、プロジェクトの懸念事項が結果的に問題にならなかった場合や、部下や同僚の心配を軽く受け流したいときに使われることが多い。ただし、まだ結果が出ていない段階で「杞憂だ」と言い切ってしまうと、根拠のない楽観と受け取られかねない。また、深刻な懸念を「それは杞憂だ」の一言で片付けてしまうと、相手の不安に寄り添っていないと感じさせることもあるため、使う場面や相手との関係性には注意したい。
⑥類義語との違い
類義語としてよく挙げられるのが「取り越し苦労」である。両者はほぼ同じ意味で使われ、実際に起こりそうもないことを心配する点は共通している。ただし「杞憂」は故事に基づく硬めの表現で、文章やスピーチなど改まった場面にもなじみやすいのに対し、「取り越し苦労」はより日常的でやわらかい響きを持つ。また「疑心暗鬼」も不安や心配を表す点では近いが、こちらは根拠のない疑いによって人を信じられなくなる心理状態を指す言葉であり、単なる無用な心配を意味する「杞憂」とはニュアンスが異なる。
⑦対義語
「杞憂」には、明確な対義語は存在しないとされる。あえて対照的なニュアンスを持つ語を挙げるなら「転ばぬ先の杖」がある。「杞憂」が根拠のない無用な心配を表すのに対し、「転ばぬ先の杖」は起こりうる事態にあらかじめ備えておくという、根拠のある前向きな用心を表す点で対照的である。
⑧一文〇×テスト
Q. 取引先からのクレームを心配していたら、実際にトラブルが起こってしまった。その様子を見て、同僚が「やっぱり杞憂だったね」と声をかけた。
正解は「×」!
「杞憂」は、心配していたことが結局起こらなかった場合に使うことばである。この例文では実際にトラブルが起こっているため、「杞憂だった」と表現するのは誤りである。むしろ「懸念が的中してしまった」のような表現がふさわしい。
不正解…正解は「×」
「杞憂」は、心配していたことが結局起こらなかった場合に使うことばである。この例文では実際にトラブルが起こっているため、「杞憂だった」と表現するのは誤りである。むしろ「懸念が的中してしまった」のような表現がふさわしい。
⑨まとめ
「杞憂」は、実際には起こりそうもないことをあれこれ心配することを意味することわざであり、中国の思想書『列子』の故事に由来するとされる。「取り越し苦労」と似た意味を持つが、より改まった場面にもなじむ表現である。心配していたことが実際に起こらなかったと分かったときに使う言葉であり、結果がまだ出ていない段階や、実際に問題が起こった場面で使わないよう注意したい。

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