一言でいえば、「日々是好日」とは、良し悪しにとらわれず、一日一日をあるがままに受け入れて大切に過ごすべきだという意味の禅語である。
①「日々是好日」の読み方・意味
「日々是好日」はにちにちこれこうにちと読む。晴れの日も雨の日も、良いことがあった日もそうでない日も、良し悪しの判断にとらわれず、その日その日をあるがままに受け入れ、大切に過ごすことを説いた禅語である。単に「毎日が幸運な日」という意味ではない点に注意したい。
| 読み方 | にちにちこれこうにち |
| 意味 | 良し悪しにとらわれず、一日一日をあるがままに大切に過ごすこと |
| 分類 | ことわざ |
②「日々是好日」の由来
「日々是好日」は、唐末の禅僧・雲門文偃の言葉に由来するとされ、禅の書物『碧巌録』第六則に収められた公案として知られている。雲門禅師が弟子たちに「これまでのことは訊かない。これから先のことを一句で言ってみよ」と問うたが、誰も答えられなかったため、雲門禅師自らが「日々是好日」と答えたという。文字だけを見ると「毎日が良い日である」という単純な意味に思えるが、良い日も悪い日も分け隔てなく受け入れ、今この瞬間を大切に生きるべきだという、禅の深い教えが込められているとされる。
③「日々是好日」の使用例(例文)
- 入院生活は思うようにいかないことも多いが、日々是好日の気持ちで一日一日を過ごすようにしている。
- 結婚式のスピーチで、「日々是好日という言葉を胸に、これからの日々を大切に歩んでいってほしい」と締めくくった。
- 失敗続きの一週間だったが、日々是好日だと思い直し、気持ちを切り替えた。
④現場で見た「日々是好日」の使いどころ
以前、知人から退職の挨拶状の下書きを見てほしいと頼まれたことがある。「在職中は良いことばかりで、まさに日々是好日でした」と書かれていたのだが、この言葉は本来、良いことも悪いことも含めてあるがままを受け入れるという意味であり、良いことずくめだったという意味だけで使うと、本来の深みが伝わりにくいと伝えた。「山あり谷ありの日々でしたが、日々是好日という言葉のように、一日一日を大切に過ごせました」というように、苦労も含めて振り返る表現にしてもらったことがある。
⑤ビジネスシーンでの使い方・注意点
「日々是好日」は、困難な状況やままならない日々の中でも、一日一日を前向きに受け止めようとする姿勢を表す場面で使うと、本来の意味に沿った説得力のある言葉になる。単に「毎日ラッキーな日が続く」という意味で使ってしまうと、禅語としての深みが伝わらず、表面的な言葉選びに見えてしまうこともあるため、使う場面には気を配りたい。
⑥類義語との違い
類義語としてよく挙げられるのが「一期一会」である。どちらも禅の思想を背景に持ち、今この瞬間を大切にするという考え方を示す点で共通している。ただし「一期一会」は一度きりの出会いを大切にするという、人と人との関わりに重きが置かれた言葉であるのに対し、「日々是好日」は日々の暮らしそのものをあるがままに受け入れるという、より広い時間の捉え方を示す言葉である。
⑦対義語
「日々是好日」には、明確な対義語は存在しないとされる。あえて対照的なニュアンスを持つ語を挙げるなら「一喜一憂」がある。「日々是好日」が良し悪しにとらわれず日々を受け入れる姿勢を表すのに対し、「一喜一憂」は物事の良し悪しにその都度感情を左右される様子を表す言葉であり、日々への向き合い方が対照的である。
⑧一文〇×テスト
Q. 毎日同じことの繰り返しでつまらないと感じていたが、「日々是好日」という言葉を知ってから、平凡な一日一日を大切に過ごそうと思うようになった。
正解は「〇」!
「日々是好日」は、良し悪しにとらわれず一日一日をあるがままに大切に過ごすことを表すことばである。この例文のように、平凡でつまらないと感じていた日々を、あるがままに受け入れて大切に過ごそうとする姿勢を表す使い方は、本来の意味に沿った正しい使い方である。
不正解…正解は「〇」
「日々是好日」は、良し悪しにとらわれず一日一日をあるがままに大切に過ごすことを表すことばである。この例文のように、平凡でつまらないと感じていた日々を、あるがままに受け入れて大切に過ごそうとする姿勢を表す使い方は、本来の意味に沿った正しい使い方である。
⑨まとめ
「日々是好日」は、良し悪しにとらわれず一日一日をあるがままに大切に過ごすことを意味する禅語であり、唐末の禅僧雲門文偃の言葉に由来し、『碧巌録』の公案として知られる。単に「毎日が幸運な日」という意味ではなく、良い日も悪い日も含めて受け入れる姿勢を示す言葉として使いたい。

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