一言でいえば、馬耳東風とは、他人の意見や忠告にまったく耳を貸さず、聞き流してしまうことを表す四字熟語で、唐の詩人李白の詩に由来するとされる。
①「馬耳東風」の読み方・意味
ばじとうふうと読む。「馬耳」は馬の耳、「東風」は春に吹く心地よい風を意味し、馬の耳に心地よい風が吹いても馬が何も感じないことから、他人の意見や忠告を聞いても心に留めず、聞き流してしまう様子を表す言葉として使われる。
| 読み方 | ばじとうふう |
| 意味 | 他人の意見や忠告にまったく耳を貸さないこと |
| 分類 | 四字熟語 |
②「馬耳東風」の由来・出典
馬耳東風は、唐の詩人李白が友人の王十二に宛てた詩「答王十二寒夜独有懐」の一節「有如東風射馬耳(東風の馬耳を射るが如き有り)」に由来するとされる。この一節は、自分の詩や思いが世間に理解されないもどかしさを、東風が馬の耳を吹き抜けても馬が何も感じないことにたとえたものとされる。この表現が後に、他人の意見に耳を貸さない様子を表す言葉として定着したとされる。
③「馬耳東風」の使用例(例文)
- 友人との会話で「何度注意しても馬耳東風で、まったく響いていないようだ」とこぼした。
- 何度言い聞かせても馬耳東風な息子に、母親はため息をついた。
- ビジネスメールで「今後は周囲の意見を馬耳東風にせず、真摯に受け止めたい」と伝えた。
④現場で見た「馬耳東風」の使いどころ
以前、後輩から会議での発言原稿を見てほしいと頼まれたことがある。文中に「上司からの的確な指摘を受け、翌日から早速改善に取り組んだ様子を馬耳東風だと感じた」という一文があったが、馬耳東風は意見や忠告を聞き流す様子を表す言葉であり、指摘を受けて実際に改善に取り組んだ行動を表すには適さないと伝えた。「真摯に受け止めた」といった表現に修正することを提案した。言葉の意味を正しく理解した上で使う必要があると実感した出来事だった。
⑤ビジネスシーンでの使い方・注意点
馬耳東風は、他人の意見や忠告を聞き流す様子を否定的に評する場面で使われることが多い。自分自身の反省として使う分には問題ないが、相手に対して直接使うと強い非難と受け取られる可能性があるため、使う場面や相手には注意したい。
⑥類義語との違い
類義語のひとつに「馬の耳に念仏」がある。これは、いくら意見や忠告をしても効き目がないことを意味することわざで、馬耳東風とほぼ同じ意味を持つ。ただし馬耳東風が漢詩由来の四字熟語として書き言葉的な硬さを持つのに対し、馬の耳に念仏は日常会話でも使われる柔らかい表現である点が異なる。
⑦対義語
馬耳東風の対義語としては「虚心坦懐」が挙げられる。これは、心にわだかまりがなく、素直な気持ちで物事を受け入れることを意味する言葉である。他人の意見を聞き流す馬耳東風に対し、虚心坦懐は他人の意見を素直に受け止める点で対照的な言葉といえる。
⑧一文〇×テスト
Q. 上司からの的確な指摘を受け、翌日から早速改善に取り組んだ後輩の様子を「馬耳東風だった」と評するのは、正しい使い方と言える。
正解は「×」!
馬耳東風は、他人の意見や忠告を聞き流し、まったく耳を貸さない様子を表す言葉である。指摘を受けて実際に改善に取り組んだ行動を表すには適さない。
不正解…正解は「×」
馬耳東風は、他人の意見や忠告を聞き流し、まったく耳を貸さない様子を表す言葉である。指摘を受けて実際に改善に取り組んだ行動を表すには適さない。
⑨まとめ
馬耳東風は、他人の意見や忠告にまったく耳を貸さず、聞き流してしまうことを表す四字熟語であり、唐の詩人李白の詩に由来するとされる。相手に対して使うと強い非難と受け取られる可能性があるため、使う場面には注意したい。類義語の馬の耳に念仏や対義語の虚心坦懐とのニュアンスの違いも踏まえて使い分けたい表現である。

コメント